サイトができるまでとお世話になった本

易を絵にしたい

そんなことを思ったのは、私がイラストレーターだからかもしれません。

龍と龍が争い、やせたブタが跳ね、家の暗がりに星くずを見る……。

何を言いたいのかはわかりませんでしたが、頭に浮かぶ映像はイキイキしています。
絵にするのが楽しそうです。とはいえ、中国古典でも難解とされる書です。
やすやすと絵をつけられるテキストではありません。

オベンキョにもなるし、イラストの依頼があったらなぁ、と思っていました。

お仕事の機会には恵まれていませんが、
易に助けられる機会は何度かありました。

キツイ場面に出くわしたとき、易の一節がひょいと浮かぶ。
その言葉を参考に動いたら、事なきを得た、といったことです。

こうした経験が積み重なるにつれ、易をきちんと学びたいと思うようになりました。
それに「絵をつけたい」と思える本には、なかなか出会えるものではありません。
まがいなりにも絵を描くのはプロ(笑)。内容がまとまれば「出版社にアプローチ」というのも面白そうです。

タイトルは「ながめる易」なんて良いかも。
なんてことを考えて、勝手に挿絵をつけることにしました。

それぞれの易

まずは、いろんな出版社の『易』を読み、一番しっくりくるものを見つけることにしました。

経書として読む人、処世の書として読む人、中国文化史として読む人、原文を無視する人……。

「みなさん、好きに読んでるのねぇ」が、何冊も『易』をハシゴした一番の印象です。

好みだったのは、岩波書店の『易経』と朝日新聞社の本田濟さんの『易』です。
手に入りやすいことを含め、「経書としての『易』」はこの二つがベストではないでしょうか。
あとは、この二冊を参考に絵をつければ良いだけです。

ただ、引っかかったのが朱熹でした。

朱子の名で知られる、宋代の儒教を支えた人物です。
彼は先人の解釈をいったん脇に置き、四書五経を原文に立ち返って読み直しました。
易の本文である経(原文)と、後世の解釈である十伝(十翼)を分けて読めるように整理したのも、彼の大きな仕事の一つです。

引っかかったのは彼の「読む姿勢」でした。朱子の言葉に次のようなものがあります。

こうえきは、ぶんおうえきあらず。ぶんおうえきは、ふっえきあらず。せんえきでんは、またおのずからこれていえきなり。ゆえまなものは、しばらえきだいりて、さきほんめば、すなわちおのずからほんるなり。
孔子の易は、文王の易ではない。文王の易は、伏羲の易ではない。伊川の易伝も、また自ずと程氏の易である。故に学ぶ者は、まず古易(伏羲・文王の易)に依り、本文を読めば、自ずと本来の趣旨を見ることとなる。

「朱子語類」巻六十七より

「孔子の易」とは、易経を解説した十翼のこと。「文王の易」は原文。伏羲は八卦をつくったとされる人で、伏羲の易には言葉はなかったとされます。伊川・程氏は程頤のこと。朱熹が尊敬していた人で、宋代の儒教を支えた人の一人です。

朱子に「人に寄らず、お前が原文を読め」と言われているような気がしました。
とはいえ、どう読めば良いのかわかりません。

「どうしたもんかなぁ」と思っているうちに、
安田登さんの「あわいの時代の『論語』 ヒューマン2.0」を知りました。

『論語』を読み直す人

安田さんは、『論語』には孔子の時代にはなかった字が含まれていることを指摘。
「孔子が本当は何を言ったのか?」を探るために、『論語』の字を孔子の頃の字と意味に変えて読み直しています。
(有名な「不惑」ですが、「惑」は孔子の時代にはない字とのこと。そこで安田さんは「不或」としています。)

『易』は周の時代の書。『論語』以上に古い本とされますので、理屈としては同じアプローチが可能です。
字を変えるまではできそうにありませんが、周の頃にあった字をその頃の意味で読み直すだけなら、変わるのは解釈のみ。
朱子の言う「古易の次第に依りて、先に本を読む」にも沿っています。

『易』を読み直す

字の意味は三つの辞書で調べることにしました。

まず『漢字字形史字典』です。
扱っているのは小学校までの漢字ですが、甲骨文字・金文(周の時代の文字)の新しい研究成果を踏まえて書かれています。
次に『全訳 漢辞海』と『新漢語林』。
『易』に出てくる字はすべてカバーできますし、二冊を使うことでバランスも取れます。

周の頃の意味にしてみると、これまで読んできたものとは違う解釈となる文ありました。
また、じっくりと読んでいると、同じ字やフレーズが場所を変えてくり返されていることにも気づきます。
字やフレーズをその卦だけではなく、原文全体での使われ方を加味して読む。
すると、立ち上がってくる意味も変わってきました。

そうした読みを表現するには、リンクが使えるハイパーテキストがベストです。
「でも、本にしたいよなぁ……」と迷っていたところに、「井」の一節です。

せいおさまりておおし。まことありておおいにきち
井戸は整えられて覆いもない。孚があり大いに吉。

「井」上九より

「易を絵にしたい」は「易の描く世界を表現したい」でもあります。
となれば『易』の言い分に従うのが筋。

使いやすいように整えて、誰でもアクセスできるホームページとなりました。

初めから大変な仕事にはなりそうだとは予想していましたが、
サイトを作ることになったり、絵を描き始めるまでに三年かかるとは思いもしませんでした。

お世話になった本

このサイトはいろんな本に刺激され、ほだされてできました。
特に解釈の下地となったり、引用させてもらったりした本をご紹介します。

『ビジネスパーソンのための易経入門』岡本吏郎(著) 朝日新聞出版

初学者でも読める内容ですが、読み直すたびに「おぉ」と思わせてくれる本です。著者が『易』とどのように付き合っているかも書かれており、本全体が生きる中で『易』を活かすことで一貫しています。

『周易本義』中村璋八・古藤友子(著) 明徳出版社

朱熹の易解釈です。易を読む姿勢に大きく影響を受けています。

『東洋思想の構造 井筒俊彦英文著作翻訳コレクション』井筒俊彦(著) 慶應義塾大学出版会

「東洋思想の中での儒教」をつかむのに、これ以上の本を私は知りません。このサイトでは「中」について「未発の中」のみを扱いましたが、この本では「已発の中」についても、くわしく書かれています。

『身体感覚で『論語』を読みなおす。』 安田登(著) 新潮社
『あわいの時代の『論語』 ヒューマン2.0』 安田登(著) 春秋社

原文の一字一字を読もうと思ったのは、これらの本の影響です。読む中で『論語』に血が通っていく感覚がありました。

『The I Ching or Book of Changes』Richard Wilhelm訳 Bollingen Foundation

「比・応・正・位」にとらわれない解釈には影響を受けました。英訳版にあるユングの序文も見事です。その中で占いを実践しながら、西洋思想との差、易の思想、占いの扱いを解説してしまうヤンチャな内容です。

『中動態の世界』 國分功一郎(著) 医学書院

この本が扱うのは西洋における「中動態」ですが、易とも通底するように思います。『易』を「能動対受動」ではなく「能動対中動」でながめ直すのは刺激的な作業です。

『大学・中庸』 金谷治(訳) 岩波書店

「中」についての本でもあり、易理解にとっても重要な本とされます。このサイトでは「中」「命」を定義するのに引用しました。

『王弼の易注』塘耕次(著) 明徳出版社

「易のサイトをつくるなんてナマイキ」とは思いますが、王弼ほどではありません。彼は二十代で『易』に注釈をつけています。そして彼の読みがその後の『易』解釈のスタンダードとなりました。早逝の天才のナマイキを味わえる一冊です。

『易経』上・下高田眞治・後藤基巳(訳) 岩波書店

『易』本田濟(著) 朝日新聞社

「経書としての『易』」は、この二冊がベストではないでしょうか。『易』がどのように読まれてきたのかについて真摯にまとめられています。とはいえ、解釈には違いがあり、比較して読むのもまた面白いです。

『帛書周易校釈』鄧球柏(著) 湖南出版社

最古の易経とされる「帛書易経」と、現行の『易経』との差異を知るのに活用しました。原文の違いは確認できましたが、中国語であるため、中身はきちんと読めていません。

『朱子語類易経編 全訳版』齊藤伸治(著) ブイツーソリューション

易に関わる朱子の発言がまとめられています。漢文はこの本を引用し、読み下し・口語訳は私の独断でつけています。

『荀子』上・下金谷治(訳) 岩波書店

「善く易を為むる者は占わず」を引用しました。

『漢字字形史字典』落合淳思(著) 東方書店
『全訳 漢辞海』戸川芳郎(監修)・佐藤進・濱口富士雄(編集) 三省堂
『新漢語林 第二版』鎌田正・米山寅太郎(著) 大修館書店

文字の意味を探るのに利用した本です。