䷚頤
頤は養うことを扱った卦です。
卦辞
頤貞吉。觀頤、自求口實。
頤は貞にして吉。頤を觀て、自らの口實を求む。
頤は正しくあれば吉。養う者の姿を観て、自らの養い方を求める。
- 頤:
- あご。この卦では養うことを意味します。
- 口實:
- 食べ物。この卦では食べ物を得る法、養い方を表すとされます。
爻辞
初九

舍爾靈龜、觀我朵頤。凶。
爾の靈龜を舍て、我を觀て頤を朵る。凶。
自身の靈龜を捨て、我を観てあごをたらす。凶。
「我」は養えている人と見て良いでしょう。他人の養う姿を観て、ただうらやましがっていると読めます。
- 靈龜:
- 亀は占いで使われる。内にある明察さ。
- 頤を朵る:
- あごをたらす。うらやましがる
六二

顛頤拂經。于丘頤征凶。
顛に頤わるは經に拂れり。丘に頤われんと征けば凶。
顛で養われるのは原則からは外れている。とはいえ丘で養われようと動けば凶。
「經」は「頤を觀て、自らの口實を求む」と思われます。
そう見ると、顛で養われるのは「自らの口實を求む」からは外れます。とはいえ、丘(人の集まる場所)に行くのは凶です。
六四を読む限り、「經に拂る」にしても、力がない時には「顛で頤わる」が良い選択と思われます。
そう見ると、顛で養われるのは「自らの口實を求む」からは外れます。とはいえ、丘(人の集まる場所)に行くのは凶です。
六四を読む限り、「經に拂る」にしても、力がない時には「顛で頤わる」が良い選択と思われます。
- 經:
- 常・原則
- 顛:
- 山のいただき・一番高いところ。「さかさま」と訳されることの多い字ですが、原義に従って「いただき」の意で読んでおります。「いただき」は王侯に仕えるとか、尊敬できる人に弟子入りするとかでしょうか。
- 丘:
- 低い山。人のあつまる場の意もある。
六三

拂頤。貞凶。十年勿用。无攸利。
頤に拂れり。貞なれど凶。十年用うる勿かれ。利あるところなし。
養うことから外れている。正しくても凶。十年は行動してはならない。良いところがない。
「貞なれど凶」とあります。力のないまま「自らの口實を求む」をしているのではないでしょうか。
六四

顛頤。吉。虎視眈眈、其欲逐逐、无咎。
顛に頤わる。吉。虎視眈眈、その欲逐逐たれば、咎なし。
顛に養われる。吉。虎が獲物から目を離さないように、その欲を追い求めれば、咎はない。
「顛に頤われる」は原則からは外れていますが吉。この時期を「口實を求める」ための必要な過程としているのかもしれません。ただ、虎のように欲を追い求めることが咎を免れる条件とします。
- 虎視眈眈:
- 虎が獲物から目を離さない様
- 逐逐:
- 追い求める様
六五

拂經。居貞吉。不可涉大川。
經に拂れり。居りて貞なれば吉。大川涉るは可ならず。
原則から外れている。とどまって正しくあれば吉。大川を涉ることはできない。
力がつき、「原則からは外れていること」「自らの口實を求めること」と向き合う時期が来たと見ることもできます。
上九

由頤。厲吉。利涉大川。
頤由す。厲けれども吉。大川涉るに利あり。
由ることで頤う。危ういが吉。大川を涉るのにも良い。
「自らの口實」に由るのではないでしょうか。
- 由:
- よる・もとづく(依拠)・〜によって(原因・理由)・〜から(経由・起点)。 ※由は豫・九四にもあります。原文のつくりはどちらも「由+卦名」です。意も同じと見て、どちらも「卦辞に由る」と解しています。
まとめ
内卦は力のない中での「頤」への態度が描かれ、外卦は力をつけ「自らの口實を求める」過程が描かれている、といったところでしょうか。
卦の全体像
上九、由りて養う。
六五、原則から外れている。とどまる。
六四、顛に養われるも吉。欲を追い求める。
六三、養うことから外れている。
六二、顛は原則から外れ、丘に行くのは凶。
初九、靈龜を捨て、他をうらやめば凶。
