頤は養うことを扱った卦です。

卦辞

頤貞吉。觀頤、自求口實。
ていにしてきちて、みずからの口實こうじつもとむ。
頤は正しくあれば吉。養う者の姿を観て、自らの養い方を求める。
頤:
あご。この卦では養うことを意味します。
口實:
食べ物。この卦では食べ物を得る法、養い方を表すとされます。

爻辞

初九初爻
舍爾靈龜、觀我朵頤。凶。
なんじ靈龜れいきて、われあごる。きょう
自身の靈龜を捨て、我を観てあごをたらす。凶。
「我」は養えている人と見て良いでしょう。他人の養う姿を観て、ただうらやましがっていると読めます。
靈龜:
亀は占いで使われる。内にある明察さ。
頤を朵る:
あごをたらす。うらやましがる
六二二爻
顛頤拂經。于丘頤征凶。
てんやしなわるはきょうもとれり。きゅうやしなわれんとけばきょう
顛で養われるのは原則からは外れている。とはいえ丘で養われようと行けば凶。
顛は「さかさま」と解されることの多い字ですが、原義に従い「いただき」の意とします。「いただき」は文脈から推測するに、「もっとも力のつく場」といったところでしょうか。
しかし、「自らの口實を求む」からは外れます。そのため、「經に拂る」とされるのだと思われます。
そして丘に行けば凶です。丘は「人のあつまる場」ですから、「人気のある場」といったところでしょうか。
經:
常・原則
顛:
山のいただき・一番高いところ。さかさま・たおれるの意もある。
丘:
低い山。人のあつまる場の意もある。
六三三爻
拂頤。貞凶。十年勿用。无攸利。
もとれり。ていなれどきょう。十年もちうるかれ。あるところなし。
養うことから外れている。正しくても凶。十年は行動してはならない。良いところがない。
「貞なれど凶」とありますので、間違っていない部分もあると思われます。この卦の全体から推測するに、力のないまま「自らの口實を求む」を行っているのではないでしょうか。
六四四爻
顛頤。吉。虎視眈眈、其欲逐逐、无咎。
てんやしなわる。きち眈眈たんたん、そのよく逐逐ちくちくたれば、とがなし。
顛に養われる。吉。虎が獲物から目を離さないように、その欲を追い求めれば、咎はない。
原則からは外れている「顛に頤われる」ですが、吉。力が十分でない時期には、必要な過程としているようです。
ただし、虎のように欲を追い求めることが、咎を免れる条件とされます。
虎視眈眈:
虎が獲物から目を離さない様
逐逐:
追い求める様
六五五爻
拂經。居貞吉。不可涉大川。
きょうもとれり。りてていなればきち大川たいせんわたるはならず。
原則から外れている。とどまって正しくあれば吉。大川を涉ることはできない。
力がつき、「原則からは外れていること」「自らの口實を求めること」と向き合う時期が来たと見ることもできます。
上九上爻
由頤。厲吉。利涉大川。
ゆうす。あやうけれどもきち大川たいせんわたるにあり。
由ることで頤う。危ういが吉。大川を涉るのにも良い。
「自らの口實」に由るのではないでしょうか。
由:
よる・もとづく(依拠)・〜によって(原因・理由)・〜から(経由・起点)。 ※由は豫・九四にもあります。原文のつくりはどちらも「由+卦名」です。意も同じと見て、どちらも「卦辞に由る」と解しています。

まとめ

内卦は力のない中での「頤」への態度が描かれ、外卦は力をつけ「自らの口實を求める」過程が描かれている、といったところでしょうか。

卦の全体像

上九、由りて養う。

六五、原則から外れている。とどまる。

六四、顛に養われるも吉。欲を追い求める。

六三、養うことから外れている。

六二、顛は原則から外れ、丘に行くのは凶。

初九、靈龜を捨て、他をうらやめば凶。

互卦:綜卦:錯卦:大過